━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━           テーマ別研究23 シニアや女性にもできる『新パワー投法』           ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━      はじめに・・・「片手投げ・素手ボウリング」を前提として・・・  ボウリングはその実態から「プロ・上級アマチュア」が取り組む『競技ボウリング』の 世界、「年齢を問わず多くのアマチュア」が取り組む『スポーツボウリング』の世界、そ して「ファミリーや遊び仲間」がときどき楽しむ『娯楽ボウリング』の世界の三つにほぼ 大別できる。  第一の『競技ボウリング』においては、若い層の選手を中心に「両手投げ」という新し い動きが始まりつつあり、その一方で片手投げのスタイルにも肩・肘・手首の関節をフル に活用した新しいパワー投球が広まってきている。もちろんベテランボウラーの、ストレ ートなアームでのスイングスピードとコントロール重視のスタイルも健在である。  第二の『スポーツボウリング』の世界では、リスタイやメカテクを装着して手首を固定 する「器具ボウラー」が、リーグ戦や大会で上位を占める状況にあり、女性においてはプ ロの世界ですら手首を金属製の器具で固定した選手が幅を利かせているありさまである。 「手首固定器具を装着してでも好成績を望むか」あるいは「手首をフリーにすることで得 られる技術を追求しつづけるか」という問題に彼らは直面しているわけだが、ルール上の 制約がない以上、あとはボウリングに対する考え方とスポーツマンとしてのプライド、そ してボウリングの奥深さを楽しむ認識にその選択を委ねるしかない。  第三の『娯楽ボウリング』の世界では、そういう技術的な探求や成績へのこだわりも少 ないので、両手で投げようとか、手首に器具を付けようなどと考えることもなく、単純に 何も装着せずに片手で投げる、という最も基本的なスタイルが実行されている。  前回の「テーマ別研究22」においてまさにそのことに触れたが、現在ボウリングの世 界は「両手投げ」の圧倒的な優位性が明らかになりつつある中で、従来の「片手投げ」の スタイルと、手首に器具を装着する「器具ボウリング」のスタイルを含めて、三つの方向 に分かれていきつつある。最終的にどこに収束するかが長期的な問題であるが、ルールが 支配するのがスポーツの世界である以上、「両手投げ」と「器具ボウリング」の二つに関 しては世界的なルールがどう最終的に判定するかによって、この問題は方向が決まるとい う側面を持っている。  ルール的な規制をこのまま設けないで時間が経過していく可能性が最も高いが、その場 合は前回の研究22で述べたように、プロや上級アマチュアの世界で「両手投げ」が上位 を占める時代が、いずれやってくるだろう。しかしそれには相当時間がかかると思われる 。現在の子どもたちの中で両手投げになじむボウラーが多くなり、アマチュアとして活躍 した後にプロの世界に転向して、大会で好成績をおさめていく、という長い過程が必要だ からである。  したがって、まだ当分の間は「片手投げ」が大半を占める時代がつづくのは間違いない 。では「器具ボウリング」が幅を利かせる時代はまだまだつづくだろうか。この点に関し ては、少なくとも男子の世界ではすでに変化が始まっている。それは手首を固定したので は不可能な、新しいパワーボウリングのスタイルが広まってきているからである。  まだきちんとした名前が付いていない状況だが、それは冒頭に述べたように「肩・肘・ 手首の関節をフルに活用して、ボールに強いスピードと回転をもたらす投球法」である。 少なくとも男子の、競技ボウリングと一般のスポーツボウリングの世界は、これが主流に なっていくだろう。両手投げの生み出すパワーにはやや劣るものの、片手投げのおそらく 最高水準がこの投げ方には凝縮している。従って冒頭に述べたボウリングの三つの世界の いずれにおいても、この最近のスタイルが着実に広まり、少なくとも男子ボウリングの世 界では、プロは言うまでもなくアマチュアの上・中級者に至るまで、器具ボウリングが次 第に衰退していくであろう。  我々にとって残る課題は、「腕の関節を活用してパワーをもたらす投球スタイル」を、 女性や中高年のボウラーも取り入れることができるだろうか、ということである。このこ とをテーマとして、実践的に研究したのが今回の文章である。 第1章 ボウリングの二つの潮流「関節の屈伸を活用するか、アーム全体のスイングを活     用するか」                                (1)PBAベテラン選手の投法  たとえば、ノーム・デューク、ウォルター・レイ・ウイリアムズJR、パーカー・ボー ン三世、ピート・ウェーバーなどの、いずれも数多くのタイトルを獲得してきたベテラン 選手は、古典的な投球スタイルである。ピート・ウェーバー以外は、肩を閉じたままで可 能な程度のバックスイングにとどめ、肘を途中で曲げることもせずストレートなアームの ままで正確で鋭いスイングをおこない、強いリストワークでボールに回転を与えるという よりも、手首の向きを正面から横に半回転させることでこぼれていくボールに回転をもた らす従来の方法である。  このスタイルの長所は、アーム全体のスイングが安定し、リストの動きも少ないのでコ ントロールミスが抑えられることである。球速、ふくらみ、回転のいずれをとっても最も 狂いの少ない投げ方であり、特に「フラット・オイル」で多くのボウラーを苦しめてきた USオープンにおいて、彼らが数多くのタイトルを占めてきた理由もここにある。 (2)PBAの若手選手の投法に見られる「四つの特徴」  ボウリングがパワーとコントロールの両立の上に成立する競技であることは、これに取 り組む多くのボウラーが認識していることである。しかし若いボウラーは、当然のことな がらコントロールよりもパワーを追求したいものである。15、16ポンドという重いボール を軽々とあやつる体力を持つ若い世代は、最大のパワーをピンにぶつける方法を研究する ものであり、それがボウリングの技術を押し進めてきたのも事実である。  PBAの若手選手は、ジェイソン・ベルモンテとオスク・パレルマという二人の両手投 げ選手の登場に衝撃を受け、かといって長くつづけてきた片手投げからすぐに転向するこ ともできず、彼らに負けないパワーを片手投げで生み出す方法を必死に研究してきた。そ の中で生み出されてきたのが、最近の彼らに共通する新しい投法である。  中堅クラスの年代では、トミー・ジョーンズやショーン・ ラッシュ、あるいはマイク・ フェーガンなどがすでにその技術を成熟させ、最近ではドミニク・バレットやE・J・タ ケットをはじめとする多くの若い選手がやっているし、アマチュアの国際大会などでもご く一般的に見られるようになってきたことなので、その動画を見つけて観察することは容 易になっている。それらを観察して気づいたことを少し整理しておこう。  第一の特徴は、「フリー・アーム(右投げでは左手)をボールを持った腕と一線になる ように前方向に下げ、肩を開いたかたちで高くバックスイングすること」である。トミー ・ジョーンズのように、この時点ですでに肘が曲がっている選手もいるが、このように体 全体を開きながらバックの頂点に持ってくることで、そのあとのパワフルなアームの使い 方を可能にするのである。伝統的な、肩を閉じてレーンに平行なままでアームだけを後ろ に振り上げるスタイルとは、アームのスイングの大きさも全く異なり、そこから振り下ろ す際に生み出せるエネルギーも格段に異なるのは明らかである。  なお本題からそれるが、両手投げと比べて片手投げが優れている最大の特徴は、実はこ の点である。両手投げでは左手もボールに最後まで添えられており、右手はボールを最初 から抱えているのでどちらも伸ばしようがなく、したがってスイングの円はきわめて小さ くならざるを得ない。フリーアームを後ろに振ることで生まれる腰の回転も、片手投げの 優れた特徴になる。このことは記憶しておく価値がある。  第二の特徴は、「バックスイングの頂点からフォワードスイングに移る過程で、肘を曲 げてリリースでそれを一挙に押し出すように伸ばすこと」で、ボールに強いパワーを与え ること」である。手首の屈伸(リスト・ワーク)に比べると、肘の屈伸運動(エルボー・ ワーク)を活用するスポーツというのは、たとえばバスケットボールのシュート動作やバ レーボールのレシーブ動作などではよく見られる。また、格闘技ではきわめて重要な運動 であり、ボクシングにおいては肘の屈伸こそが強いパンチを生み出す源泉であり、相撲や 柔道では組み手を強めたりひねったり、相手を引き付けたり突き放したりする強力な部位 となる。ただ、ボウリングのスイングという一瞬の動作で肘の屈伸をボールに伝えるのは 、高度な技術である。これを試みているボウラーを観察すると、そのタイミングや屈伸の 角度や大きさはまちまちで、成熟していないケースも多く見かける。これについては、別 にくわしく取り上げたいと思う。  ふたたび本題からそれるが、この点に関しては両手投げの方が断然まさっている。なぜ なら両手投げは最初から肘を曲げてボールを抱えもつため、肘の屈伸運動どころか曲げた 肘から先を鋭く突き出す運動が、ボールに強烈なパワーをもたらすことができ、それこそ が両手投げの圧倒的な威力の源だからである。奇妙なたとえだが、片手投げは手に持った 槍を投げて獲物をねらうのに相当し、両手投げは砲弾を放って獲物を倒すようなものであ る。しかし、そのような片手投げでも、かつてのような単純な円運動のスイングの時代と は格段にちがう威力を発揮することは間違いない。  第三の特徴は、リリースの瞬間に手首の屈伸をすることで「cup ・uncup ・lift」(手 首固定・固定をほどくこと・再び手首をもどす動作でフィンガーリフトを利かせる)とい う、いわゆる「リストワーク」を実行することである。この技術はPBAのトップ選手は みんなそれぞれに高いレベルでマスターしており、細かい個性的な違いも含めてネットの 動画で観察することができる。  第四の特徴は、スイングを体に引き付けて鋭さと安定性を確保し、肘と手首の関節を最 大限に活用してボールに強いスピードと回転を与える場合、振り抜いた腕は伝統的な「外 振り抜き」ではなく、顔の左に上がってくる「内振り抜き」になる、ということである。 ボールは自分の右方向に出て行くが、振り抜いた腕は自分の顔の左にくる。これによって ボールが離れる瞬間に、ボールに斜め回転を与えるための強いフィンガーワークがはたら くのである。 (3)新時代の投法をどう名付けるか【『エルボー&リスト/ワーク投法』の提案】  「肩・肘・手首」という腕の三つの関節を大きく活用してボールに強い力を与えようと するこの投げ方は、比較的若い男子ボウラーを中心に広まり、すでに世界中で一般的なも のになっているが、それにふさわしい名称がまだ与えられていないようである。  「腕の関節の曲げ伸ばしのはたらきを重視する投げ方」という特徴から、「関節」の「 はたらき」すなわち「JOINT」「WORK」を使った投げ方、と言うことができるの ではないか。そこで「ジョイント・ワーク投法」あるいは短縮して「J・W投法」という 名前が考えられる。  もっと具体的な内容がわかる名称にするなら、「肘=ELBOW」・「手首=WRIS T」の語を入れて「エルボー&リストワーク投法」あるいは短縮して「E・W投法」とい う名前も考えられる。  joint (関節)という単語は、日本語としてはまだなじみが少ないし、イニシャルだけ の名前では意味が伝わりにくいので、現時点では『エルボー&リスト/ワーク投法』とい う呼び名が最適ではないかというのが、私の意見である。厳密には「エルボー・ワーク& リスト・ワーク」投法の意味である。「肩を開く」というニュアンスが含まれていないが 、他の二つの観察の強い活用に比べると比重が軽いので、名称にあえて含めなかった。 第2章 『エルボー&リスト/ワーク投法』修得のためのマニュアル (1)準備段階  A.リスタイ&メカテクをはずすことから始めよう  日本では女子プロボウラーの多くがこれに頼り、アマチュアでも女性の中ではごく普通 に使われている。加えて驚くべきことに男子のプロやアマチュア上級者の中でもこれを使 う選手がある。一般のアマチュアや中高年がこれに頼るのは、したがって言うまでもない という実情である。  しかし我々がこれから目指すボウリングでは、リスタイやメカテクは妨げになるばかり である。理由は簡単で、アームの三つの関節を自在に活用すること、とりわけ手首のはた らき(リストワーク)を最大限に生かしてボールに威力をもたらそうとするのが、目指す ボウリングのスタイルだからである。  加えて言うならば、ボールのコントロールとパワーという実力の主要部分を、対等な条 件のもとで競うのが真のスポーツのあり方である。きわめて有力な投球スタイルが普及し つつある現在、思い切ってこれまで装着してきた手首固定のための器具をはずして、本来 のボウリングに戻ることを、多くのボウラーにすすめたい。長い間手首固定器具に頼る投 げ方をしてきた者にとって、これをはずすことは大きな困難や一時的なスコアダウンを伴 うであろうが、素手ボウリングにはそれ以上に大きな広くて深い世界が待っており、最終 的には真のボウリングの面白さを痛感できるに違いないと信じている。  B.手首強化の運動を心がけよう  ボウリングは6・前後のボールを手に持ってステップとスイングをおこない、強く振り 抜いてボールを投げる競技である。最終的にはボールはフィンガーから抜けていくが、そ の直前に手首に強い負荷がかかる。スイングとステップをたどっていけばわかることだが 、手首の前に肘、そして肩にも負荷がかかり、腕全体の筋力がそれらを支える。もっとさ かのぼれば上体の力、腰を安定させる下半身の力、そして膝や足首の関節にも大きな負荷 がかかっている。だから、素手ボウリングの世界にもどるということは、全身の鍛練を基 本から考え直すということを意味する。  その上でということになるが、我々が目指す『エルボー&リスト/ワーク投法』は、最 終的には手首の運動を最大限にボールに伝えることがポイントなので、手首を強化する運 動がとりわけ大切であるのは言うまでもない。アレイやダンベルを持って運動する方法は 誰でも思いつくが、一番有効なのは時と場所を選ばないで実行することである。「いつで も・どこでも・何を使ってでも」という姿勢が大切である。  C.肘と手首の関節のことを知ろう  ● 肘の活動力について  ボウリングの投球動作における腕の構造と運動の関係について考えるのがこの項目のテ ーマだが、その前に別の競技によって検討しておくことが、本題に入る上で有効だと考え る。第一の検討材料は水泳である。平泳ぎと仰向けに泳ぐ唯一の泳法である背泳ぎでの腕 の動きを考えてみると、平泳ぎの推進力を得る最大のポイントは、前に突き出した両手を 前にかき寄せる動作であり、肘をたたむようにすることで手の平で水を前に引き寄せるこ とで体を前方に推進させる。背泳ぎの場合は後ろに伸ばした腕を肘を曲げて頭の後ろから 足の方向に手の平で水を押しやることで体を推進させる。つまり、こうした泳法では手の 平で水を強く掻くときに肘を曲げたりあるいは反対に曲げている状態から伸ばしたりする ことでパワーを得るのである。  陸上競技では砲丸投げの場合、水泳の場合の「手の平を(つまりは水を)、肘を使って 自分の体に引き寄せる動き」に対して「手の平を(つまりは砲丸を)、肘を使って押し出 す動き」をするという意味で逆方向にはなるが、屈伸といういみでは肘が同種のはたらき をしている。しかし円盤投げ、ハンマー投げなどの場合、肘は伸びた状態で大きく速い円 を描くことで円盤やハンマーを遠くに飛ばそうとする。つまり飛距離を競う投てき競技は 肘を中心とした「突き出し動作」によるか、肩を支点とした「回転運動」によるか、その いずれかである。  さてそれではボウリングの投球動作はどうか?私が考えるには、伝統的な投球スタイル は円盤投げやハンマー投げのように、肘が伸びた状態で肩を支点としてボールが円を描く のが当然と考えられていた。手首についての認識も同様で、リストワークという概念は希 薄であり、かつては男子のプロ選手でさえ固定器具を装着していたほどである。しかし現 代の投球スタイルは肘や手首の関節の曲げ伸ばしによって生まれるエネルギーを最大限に 生かそうとする。それは、より強く速いボールを投げたいという願望が到達した工夫と発 見による結果である。  肩を支点としてボールを持った腕をスイングするとき、腕が伸びきった状態ならそこか ら生まれるパワーは、スイングが描く弧の大きさと速さだけで決まってしまう。しかし、 スイングの途中で肘の曲げ伸ばしと、手首の関節の曲げ伸ばしが加われば、パワーは大幅 に強化される。  ただし、テニスやバドミントンのようにラケットを持たず、砲丸投げのように距離を競 うのでもなく、素手で持ったボールを投げてピンを倒すというコントロールを競うボウリ ングの場合、基本的には肩を支点とした腕の回転運動の中で、肘と手首の二つの関節を屈 伸させるというのは、大変むずかしいテクニックである。そのむずかしさについても少々 検討しておこう。  肘は、他の関節と異なり、どの程度曲げるかについての感覚的な把握がむずかしい。ま た、曲げ方がごくわずかだとボールに推進力を付加する上で不足してしまい、曲げすぎる とスイングが小さくなってパワーが削がれてしまう。スイングの弧が小さくなる犠牲を最 小限にとどめ、かつ曲げて伸ばすことでパワーを付加する効果を十分に得るには、20〜 30度程度の曲がりがふさわしいだろう。しかしこの点は個人差が大きい部分である。  なお注意しなければならないのは、肘から下の部分は約180度回転できるという点で ある。加えて、腕を体側に脱力して垂らしてみるとわかるように、肘の外側が後ろを向き 肘の内側が前を向くが、そのとき手の平は体側を向くか、人によってはやや後ろを向くと いうことでも大切である。つまりボールを手の平に水平に持ってそのままスイングしたと しても、ボールが体側を通過するときは自然に手の平が内を向き、シェイクハンドのかた ちで前に出て行く。そういう構造的な特徴を持った肘と腕をボウラーが意図するままに操 ることが、投球動作のむずかしさである。  ● 手首の活動力について  手首の動きすなわちリストワークは多くの競技で重視されている。代表的なものは野球 の投球動作である。特に投手は下半身の「ため」と鋭い踏み込みを基礎動作としながら、 腰のひねりや上体の激しい前傾なども活用し、しかし最終的には肩を支点とする腕の旋回 運動によってボールを繰り出す。そのときもしも「肩から先の部分を一切曲げてはならな い」というのがルールだったら、どんなに速く大きな腕の旋回をすることができたとして も、投手は山なりのスローボールしか投げることができないだろう。  つまりプロ野球の投手が140・〜150・/hの速球を投げることができるのは、肘 の屈伸と手首のはたらきを最大限に使えるからである。言い方を変えるなら肘と手首をい かに活用するかで投手の投げるボールの威力は決定する。  同じことがバレーボールのサーブやアタック、あるいはバスケットボールのパスやシュ ートでも言える。ボールに直接触れずにラケットで打つテニス、バドミントン、卓球など の競技でも肘と手首の屈伸やひねりの動作はきわめて大切な働きをする。  ボウリングの場合、これが長い間あまり注目されなかったのは、ボールが他の球技に比 べて圧倒的に大きくて重く、これを投げるという動作に肘や手首の活用ということは考え にくかったという事情がある。数十年前のプロ選手や上級者の投球フォームを古い動画で 再生して見ると、そのことがよくわかる。今の若手プロ選手と比べると何とも穏やかでお となしいフォームから始まって、正確なステップとスイングの後に、真っ直ぐ振り上げら れた腕とともに再現性の高いリリースが完成し、曲がりの少ないボールがポケットに吸い 込まれていく。  しかしボウリングは、レーンの素材、オイルの改良とパターンの変化、ボールの進化が きわめて著しく競技のあり方に影響する競技である。高いスコアをねらって研究するボウ ラーと、スコアのインフレ状態を脱しようとする施設管理者側とのせめぎ合いの中で、ボ ウリングそのものが変化し続ける。  片手投げが圧倒的に多数を占める状況は今もつづいているが、手首固定器具の進化、そ して両手投げやサムレスなど全く新しい投げ方の出現が、ボウリングのあるべき姿にさま ざまな問題提起をし始めている。加えて片手投げの世界での技術革新も著しい。その代表 がここで取り上げている肘と手首のはたらきを最大限に活用しようとする投法である。  腕相撲という競技があるが、手首の強靱さを最大限に重視した競技である。人間の手首 の関節は、肘を脇につけた状態で90度曲げて、手の平を上向きにして体の前に出した状 態で、手首をおさえてさまざまに動かしてみると、その自在さと限界がよくわかる。  個人差はあるが、上下(手の平側と手の甲側)には各45度ほど動く。しかし小指側と 親指側に関しては、可動域は狭く小指側には30度程度、親指側には10度程度しか 動かない。また、手首をおさえた状態で手の平を回すことも非常に制約がある。手の平だ けがかろうじてわずかに回せる程度である。しかし肘をおさえて固定し、手首を解放する ととたんに手首は体の側に約180度近く自由に回すことができる。しかし反対側にはほ とんど回せない。これらのことからわかるのは、手首というのは自分の身体側に対する可 動域は非常に大きく、反対側への可動域はきわめて少ないということである。これが、ボ ウリングの構え・スイング・リリース、フォロースルーにさまざまな影響を与え、逆にさ まざまな技術を生み出す源にもなる。  D.伝統的な『ストレートアーム投法』を振り返る  我々が目指している『エルボー&リスト/ワーク投法』を検討する前に、従来型の投げ 方(これを『ストレートアーム投法』と仮に呼ぶことにしよう)について、その特徴を見 直しておきたい。  第一の特質は「肩を閉じるスイング」にある。『エルボー&リスト/ワーク投法』が「 オープンショルダー」になるのに対して『ストレートアーム投法』は「クローズショルダ ー」と呼ぶことができる。つまり肩のラインがフロアと平行になっていて、ボウラーの前 傾姿勢もフロアに正対するかたちである。スイングはしたがって肩のラインに対して直角 の軌道上をスイングしていく。左右のブレが少ないフォームになるので、コントロールを 保つ点ではすぐれている。しかし肩の関節の構造により、バックスイングの高さは制約を 受ける。  第二の特質は「肘を伸ばしつづける」ことにある。伝統的な投球法では「肘がスイング の途中でゆるむ」のは、スイングの軌道を狂わせコントロールを乱すので、避けなければ ならないとされる。コントロールだけのことを考えるなら、それは一応筋が通っている。 しかし肘を伸ばした状態で重いボールをスイングすることは、毎回強く引っ張られるとい う負荷を受けることになり、肘を痛める危険性が高い。肘の関節は反対側には全く曲げる ことができないだけでなく、反対側に力がかけられることは極度に危険なことである。む しろ少し曲がっていることで安定する関節と言える。そして内側に曲げることと、それを 押し出したり突き出したりすることに、強力なパワーを秘めている部分でもある。それを 、伸ばし続けるように勧めることは、本来無理がある理論だったのかもしれない。  第三の特質は「手首を固定する」ことにある。この考え方は、リリースとは何かを研究 する中で生まれた。二本のフィンガーからボールがこぼれるように抜けていき、前方への 回転力を得るのが良いリリースとされ、それを実行するには手首が反対側に折れた状態で はダメであり、手首をストレートに保ちながらボールを押し出すようにリリース動作に入 り、親指が先に抜けていき、その結果二本のフィンガーからボールがこぼれていく。その とき肘と手首の関節の構造により、手の平は自然に身体側を向くのでフィンガーも(つま り手の平も)やや斜め前方を向くため、ボールには斜めの回転がかかっていく。そのよう にして手を離れたボールは、やや外方向にふくらんでいきフッキングポイントに到達する と摩擦を得てその時の回転方向を反映してフックしてポケットに向かっていく。 (2)「エルボー・ワーク」  本文の第1章の(2)において、『エルボー&リスト/ワーク投法』の四つの特徴につ いて紹介した。大切なことなのでもう一度整理しておきたい。  第一=肩を開いて(オープン・ショルダー)高くバックスイングすること【ハイバック     スイング】  第二=肘を曲げ伸ばしして前進スイングに大きな力を与えること【ハイパワーフォワー     ドスイング】  第三=手首をはたらかせて「cup →uncup →lift」をおこなうこと【リストワークリリ     ース】  第四=腕を顔の反対側に振り抜くことで強い斜め回転を与えること【クロスフォロース     ルー】  これらの中で技術的に最もむずかしく重要なポイントは、第二と第三の部分である。そ の二点すなわち「エルボー・ワーク」と「リスト・ワーク」について、詳しく分析してみ よう。  腕を前方に強くスイングしてボールに威力をもたらす最善の方法は、バックの頂点から フォワードスイングに入る際に肘を少し曲げることである。これによってボールを強力に 前に押し出すパワーを加えることができる。それまで肘を伸ばしきってスイングしていた ボウラーにとってむずかしいのは、肘をどのタイミングで曲げるのか、どの程度曲げるの か、そしてどのタイミングで再び伸ばすのか、ということである。  バックスイングの頂点で「ため」をつくり、フォワードスイングに入っていくとき、上 腕を「ため」たポイントの高さで維持しておいて、肘から下の部分でフォワードスイング をスタートすることが、曲げるタイミングを修得する一つの方法である。バックスイング で「張っていた」肘を、そのタイミングでゆるめる、あるいは解放するという感覚でもよ いと思う。  もっとむずかしいのは「どの程度曲げるのか」という問題である。曲げ方があまりにも 少ないと肘で押し出す強いスイングにつながらないし、曲げすぎてしまうとスイングの半 径が小さくなって基本となるスイングそのもののパワーが削がれてしまう。説明を逃げて しまうようだが、この点は「スイングの軌道を極力大きく保ちながら、かつ肘で強く押し 出す感覚を持てる最小限度の曲げ方」を、自分の体で感得するしかない。  そしてもう一つ「どのタイミングで再び伸ばすのか?」という問題については、次で述 べるリストワークのスタートに合わせることで解決できる。具体的には手首のcup をほど く瞬間に合わせて曲げていた肘を伸ばす、という感覚である。言い換えるなら「曲げた肘 と曲げた手首によって抱えるようにボールを持っている状態を一挙に解き放って、スイン グの中でボールを押し出す」ようなイメージである。このときアーム全体が肘と手首が伸 びることによって最大半径となる。スイングスピードも最大となる瞬間であり、ボールか らサムが抜け、uncup (手首が逆に折れている)の状態になって、次のフィンガーリフト に移る直前でもある。 (3)「リスト・ワーク」  『エルボー&リスト/ワーク投法』において、手首のはたらきは肘の曲げ伸ばしとなら んで、その成否のカギを握っている。再三述べているように、その動きは「cup →uncup →lift」の流れである。   日本語で具体的なイメージを描くように表現するなら、その第一段階は「手首を内に曲 げてボールを抱えるように保持したかたちでスイングすること」であり、第二段階は「リ リース直前にその手首のかたちを『ほどく』ことによってサムが先に抜けていくこと」で あり、第三段階は「ほどいた手首を再び上に引き上げることでフィンガーがボールに強い 回転を与えながら抜けていくこと」である。  リリース直前、サム抜けの瞬間、フィンガーliftの瞬間という三つの段階として描写す ると以上のようになるが、それらは1秒の何分の一という一瞬の出来事である。しかしP BAプロ選手のスロー動画を再生してみると、いわゆるカップリストの形でリリース直前 の体勢に入った手首を、次の瞬間にはまっすぐに伸ばし(「ほどき」)それによってサム が抜けていき、さらに次の瞬間には再び手首が上にもどりはじめ(再び「カップリスト」 の形にもどろうとする)、それによってフィンガーがボールに強い回転を与えながら抜け ていく、その様子が見事に把握できる。これこそが、「片手投げ素手ボウラー」のトップ 選手たちが到達したリストワーク投法であり、手首を固定する器具を装着していたのでは とうてい実現できない球質である。  なお、このリストワークを意図的・意識的に実行することは簡単ではない。ごく短い時 間の中でおこなわれる動作の流れを確実に実行するには、そのカギを握る「ひとつのかた ち」だけを追求するのが秘訣である。野球の投手がリストワークの利いたボールを投げる ときに気をつけるのは、フォワードスイングに入る直前の「ため」における手首のかたち である。そのときのボールを持った手首の内に折れたかたちを意識してスイング動作に入 っていくと、自然に手首が返り、スイングの後半で再び手首が内に折れていき、フィンガ ーから離れていくボールに強い回転を与えることができる。  ボウリングのフォワードスイングにおいても同じことが言える。前段落の「野球の投手 が・・・」以下の文をそのまま使って考えてみると、次のようになる。「ボウラーがリス トワークの利いたボールを投げるときに気をつけるのは、フォワードスイングに入る直前 の「ため」における手首のかたちである。その時のボールを持った手首の内に折れた(カ ップリスト)かたちを維持してスイング動作に入っていくと、スイングスピードとボール の重量によってリリース直前に自然に手首が返り(ほどける状態になること)、サムが抜 けてフィンガーで引き上げる意識がはたらいて再び手首が起き上がって、フィンガーから 離れていくボールに強い回転を与えることができる。」  これらの全ての動きを意識的におこなうことは不可能である。カギを握る「たったひと つのかたち」は、「手首の当初のかたちを維持しようとすること」にある。そのことだけ に集中して投球動作をすると、バックスイングの頂点では「カップリスト」が保たれ、フ ォワードスイングの最下点ではスイングスピード(遠心力)とボール重量によって自然に 手首が返り、サムが抜けたあとにはまた自然に手首が起き上がりフィンガーワークがはた らいてリリースが完了する。 (4)二つの関節の「曲げ伸ばし」を一つのスイング動作の中でどう実行するか?  ボウリングの投球方法で今も多数を占めているのは「片手投げ・素手ボウリング」のス タイルである。これに「サムとツーフィンガーの3本指によるボール保持」という点を加 えてもいいだろう。たしかに「両手投げ」や「サムレス」などの新しい威力十分の投球方 法が一定の勢力を持ちつつあるが、世界の大勢は今も「片手投げ・素手ボウリング・3本 指」であることは間違いない。  そのスタイルが現在到達しているのは、私の個人的なネーミングではあるが、ここまで 論じてきた『エルボー&リスト/ワーク投法』であり、世界のプロや上級アマチュアの若 い年代が最も多く採用している投球スタイルである。  そのスタイルをあらためて簡潔に表現しておこう。「手首をカップリストのかたちにし て持ち、そのまま肘を伸ばしながら高くバックスイングをおこなって頂点で「ため」をつ くり、そこからフォワードスイングに入る際に再び肘を曲げて、単なる振り子運動のスイ ングではなく腕のスイングにスピードとパワーを付加する。そしてスイングの最下点にお いて肘を強く伸ばす動作と手首の固定をほどく動作を重ねて、リリースするボールに強い 威力を与える。サムが抜けてから再び手首が起き上がりフィンガーの強いリフトが加わっ てボールに強力な回転を生み出す。」  簡潔に描写しただけでもこれだけ複雑な動きがおこなわれる。これにステップの動きが 加わり、投球動作が形成される。わずか数秒間の投球動作の中にあるこれらの要素を、一 つひとつ意識しておこなうことは不可能である。いくつかのポイントに注意を向けるのが 精一杯であろう。多くのスポーツに共通の真理だが、基本の投球動作をしっかりと体に覚 え込ませること、そしてゲームの中で気づいたことにもとづいて修正すべき点を意識して 投球することが常に大切である。  我々がここで検討している最大テーマは「肘と手首のはたらきを最大限に生かして威力 のあるボールを投げるには?」ということである。ではその最大のポイント、つまり「た ったひとつ心がけること」を上げるとしたら、それは何だろうか。  現時点で私が発見している答えは、フォワードスイングのときに『ボールを肘で押して いく感覚』である。肘という部分に意識を持っていくのはなかなかむずかしいことだが、 スイングスピードとは何かを考えたとき、「それは肘が動いていくスピードである」と仮 説をたててはどうだろうか。これにリストワークが加わって最終的なボールのスピードに なっていくわけだが、強いボールをしっかり投げ続けるために、この仮説を持って練習に 臨むことは有効であろう。  「肘を体に引き付ける」というのは、アドレスの構えでもよくやる動作であり、スイン グを始動するときにも心がけることである。そしてフォワードスイングに入ったとき、も う一度肘を自分の体に引き付けることを心がけると、体の軸の内側にボールのスイング軌 道が入ってくる。それはボールのコントロールにとっても、あるいはリリースの強さと正 確さにとっても、非常に大切なポイントである。私はこのことを「スイングを絞る」とい う言い方で心がけてきたが、今回の「新しいパワー投球」を考えるというテーマにおいて も改めてその重要性が浮上してきた。その意味でも「肘に意識を集める」ことは有効だと 考えている。  さきほど示した「唯一心がけること」をより正確に丁寧に表現すれば、「肘を体に引き 付けてスイングを絞りながら、肘でボールを押していく感覚で強いスイングを心がけるこ と」ということになる。フォームを安定させながら最大限パワフルな投球動作を実現し、 ストライクボウリングを目指すための、練習テーマの柱にしていってはどうだろうか。                                                                          【2014.05.28】